目次とまとめ。

ご訪問くださった皆様が見つけやすいよう、このブログの記事をまとめていきます。

 

検索流入が一番多いのは、この記事。

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同じ系統の記事を並べます。

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ニューヨークでも指折りのレストランのコース料理です。

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観光名所めぐり。

ガイドさんに教えていただいた一押しのオイスターバーの紹介あり。

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ボストン・ワシントンD.C.、ニューヨークで泊ったホテル等の紹介。

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 後半にNYのB級グルメの紹介あり。

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行き帰りの飛行機と機内食。(帰りの記事には買い物リストつき)

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その他 

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では最後は、私にとっては憧れの地。夢の都のボストン。ボストン美術館の画像で。

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帰りの飛行機(NY-TY JAL005便)と機内食と買って帰った自分のお買い物。

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あーあ、今日でアメリカともお別れ。おとぎ話みたいに楽しい日々って、あっという間に終わってしまうんですね。楽しかった。JFK空港に着きました。

 

ゲートをくぐれば、靴まで脱がされ、荷物とともにベルトコンベアに乗せ、赤外線チェックを受ける。肝心の人体!?もクリーンルームみたいなガラスの空間に入らせられ、バンザイさせられる。DFSでは焦って家族へのお土産を買い、おサイフジャラジャラの小銭を全部置いてきました。最後まで見分けがつかなかったわ。

 

JFK空港と空からの眺め

出発ロビー。

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飛行機に乗り込み、

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機体はじりじりと動き、空に舞い上がり

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大空へ。

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で、肝心の!?

機内食

おやつ・おつまみ。

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メインディッシュ。

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間食。

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到着前の軽めの食事です。

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降り立ったのは小雨ぱらつく成田空港でした。

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アメリカでのお買い物

観光地めぐりと美術館博物館めぐりに忙しく、じっくりお買い物する時間などなかった。それでも間をぬってGETし、持ち帰ってきました。

 

サンダル

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ハイヒールが好きなので。サンダルタイプで、ある程度の高さがあり、かつ幅広で長時間履いていても疲れにくい靴。日本ではなかなか見つけられない。外国製の、たとえばルブタンとかジミー・チュウとかであれば、お値段はともかく実店舗もあるし、紹介するサイトも多いから、ある意味見つけやすいのです。しかし私のこのこだわりの目にかなう靴はなかなかなく、そして個人輸入税金上乗せすると倍くらいに跳ね上がる。この靴は価格帯はリーガルクラスでありながら(Helle comfortというブランド)好みドンピシャ~。ガイドさまが預かって届けてくださいました。

 

趣味のもの(手作り石けん)

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私は石けんを作るのが趣味なのです。アメリカにはいくつも通販サイトがあり、ほしいな~といつも眺めていた。しかしこの手の品物は単価が安い。この石けんの型、1個10ドルしない。で、日本に送ってもらうと品代併せて5,000円、送料10,000円の世界で、おいそれと頼めない…。で、千載一遇のチャンス!こちらもガイドさんにお願いしました。

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石けんに模様付けするのに使うワイヤー。5ドル台。

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日本のサイトでもよくよく探せば、同じものはあるのでしょうけど。色付けや石けんに混ぜ込む材料のミックスパックを買いました。

 

コスメ

シャネルの口紅(ルージュココシャイン)

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行きの飛行機の待ち時間、成田の免税店で。「無難なベージュピンクでお願いします」と店員さんに選んでもらったお色です。確か3,800円。

 

ゲラン パウダー メテオリット

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 行きの飛行機、JALの機内販売で。7色コロコロのパウダーを付属のブラシでひとはけすれば、お肌はプリズムの輝き。ずっと使ってみたかった。こちらはハーフサイズでチークとセットになったJAL仕様のスペシャルバージョン。確か9,000円台。

 

ランコムのマスカラ(ディフェンシル)

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ホントはヘレナルビンスタインのマスカラが欲しかった。しかし成田の免税店では取り扱いがなく、帰りのJFKの免税店に賭けていたのですが、なかった。ならランコムでまいりましょう。と。マスカラはこだわればやっぱりヘレナかランコム。値段は30ドル台だったんじゃないかと。

 

メラトニン

 ワシントンD.C.で1日スミソニアンに遊び、歩き疲れ、明日早い。早く寝よ。と眠ったのに、疲れすぎていたのでしょうか。2時間しか眠れず目が覚めた時は哀しかった。NYに着いたとたん、ドラッグストアに直行し、買いました。しっかり眠りたい時にこのサプリを飲めば何とかなる。の安心感は大きい~。そしてメラトニンってホルモンだから若返りにも効くという。日本ではお医者さんに行かないと買えない。個人輸入で通販サイトからも購入できますが、現地アメリカのお値段は日本のざっと半額。お手軽アメリカのドラッグストア&コンビニエンスストアチェーン、CVSプライベートブランドメラトニンは10ドル台だった。念のために2本買いました。なくなるまでに、またアメリカに行けたらいいな…。

 

 

ニューヨークの観光名所を駆け足で。

 

生まれて初めてのニューヨーク、時間は限られ、次いつ来るかわからない。そも、ニューヨークって回りつくせる?

マンハッタン島は、ハドソン川イースト川に 囲まれた島で、幅は約4 km、長さ約20 kmで、ほぼ南北方向に細長い形状をしている。 面積は東京の山手線の内側に相当する。(wikipediaより)

 山手線内側大。つまり、そんなに広いというほどのことも…。

泊まったホテルはミッドタウン。時間は前後してしまいますが、上の方から、北の方から、行った場所を順番に。

セントラル・パーク

広いのです。見尽くせば、まる1日かかってしまうのでしょう。体力温存のため、自転車を借りたりレトロな馬車に乗ったりするテもあり。日本語ガイドツアーもある。コンパクトに1時間くらいで歩いて回る。

ニューヨーク到着は午後。ホテルに荷物を置いて、徒歩5分のセントラルパークへ。

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大都会の真ん中に広がるオアシス。摩天楼をバックに青空の下去りゆく夏を満喫するニューヨーカー。

ここはシープ・メドウSheep Meadow。元は羊の放牧をしていた。

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アンパイアー砦Umpire Rock(氷河期に古代ニューイングランド地方の山の一部が削り取られてマンハッタン島にやってきた)を撮ったつもりだったのですが。実は方向音痴なのです。違っていた。しかし大きい石であることに変わりはない。(と自分を慰める)

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セントラルパークのメインハイライト、ベセスダの噴水Bethesda Fountain。しかしオレンジ色の重機がここまで目立ってしまっている。

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近づいて水面の景色でも。

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愛を確かめ合うカップル撮影が、ほほえましかったりします。

 

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公園にいたリス。(野生ではなく、「市民が生き物と触れ合える場を」と放ち、ニューヨークに限らず、アメリカの公園ではどんどん数が増えたのだとか。)

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鳥はまさか、違いますよね。飛んできたのだもの。

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りす、もう1枚。

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このように優美に装った馬に乗り、パカパカとひずめの音を聞きながらのんびりと公園の景色を満喫するのも、アリかしら。公園にはお客さん待ちの馬車がたくさん停まって!?待って!?いたので、その場でお願いすることもできそう。お値段は時間にもよりますが、50ドルくらいから。

 

ストロベリー・フィールズ

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ジョン・レノンは晩年(と言っても40才)セントラルパークのすぐ隣に住んでいた。あまりにもあっけない死(1980年)は世界に衝撃を与えた。レノンを悼み、ニューヨークに作られたメモリアル。

 

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「IMAGINE」のタイルのモザイクは、オノ・ヨーコのデザイン。みんなかわるがわる、記念撮影していました。

 

ジョン・レノンが最後に住んだ家 ダコダ・ハウス

Dakota House

 

The Dakota, New York

ストロベリーフィールズを出て、横断歩道を渡れば、そこがジョン・レノンがかつて住んだ、ダコダ・ハウス。上の2点の写真はクリエイティブ・コモンズの映像です。

とはいえ、現在は外装、リニューアルされていまして、ジョンが住んでいたころとは外観、違ってしまっていますが。悲惨な写真ですが、

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コロンバスサークルとミッドタウンのホテル周辺

泊ったホテルは

 

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 セントラルパークそば。ホテル周辺徒歩5分の圏内の、ニューヨークの活気。

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夕食を調達したタイムワーナービルのエントランス。

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地下鉄の駅構内。

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「COLUNBUS CIRCLE」の駅名表示は、アール・デコスタイルのタイルのシックな味わい。

 

ニューヨークの夜景

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ニューヨークの3大夜景ツアーに参加しました。20時集合、23時解散。ワゴンタクシーで効率よく名所を回り、移動の時間はうたた寝したり。

ハミルトン・パーク

ここがあの、「ハドソン川の奇跡」が見渡せるスポットです。との説明を受ける。ハドソン川を渡り、ニュー・ジャージー側から眺めるマンハッタン。

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クリエイティブ・コモンズ画像でごらんください。(写真下手ですみません。。。)

Hamilton Park

 

マンハッタンに戻り

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 夜も更けゆくニューヨークの町中を抜け

ブルックリン橋のたもと

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私にとっては、ブルックリン橋とは映画「ソフィーの選択」(1982)で、メリル・ストリープ扮するソフィーが、そしてネイサンが渡った橋。いや「ニューヨークの恋人」だ、いや「ブラック・レイン」だ。人ごとにニューヨークで一番のビジュアルと歴史を刻むこの橋にまつわる胸に描くシーンは異なるのでしょう。川べりはカフェやレストランが立ち並び、人々のさざめきはやむこともなく。

こちらも綺麗な画像をどうぞ。

Night Views from BBP, 01.12.14

ラストは当然。

エンパイア・ステート・ビルディングの展望台

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86階まで26ドル。102階まで46ドル。ただしツアーの料金は入場券こみ。行けたのは86階まで。360度はてしなくどこまでも広がるパノラマはまさに宝石!展望台は満員!全世界から、この景色を見に人が集まるのですね~。帰りの通路では、満面の笑みをたたえた世界中からの観光客の写真が。

きれいな画像張ります。

Night view of NYC from the Empire State Building

 

ブロードウェイとタイムズスクエア

ニューヨークに行ったんだから、タイムズスクエアくらいはこの目で見てみたい。地下鉄使わなくても行けるはず。とブロードウェイを南下していった。

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工事中のバリケード!?だらけだったのは残念は残念でしたけど。タイムズスクエアには盛大なお立ち台!?(日本の観光地で団体客が乗って集合写真を撮るための台の百何十人分)があり、こう言ってはいけないのでしょうが、ビルの谷間の広場ってだけなのに、人の熱気とどよめきがすごいのです。大道芸のパフォーマンスくらいはありましたが、その割にはみんな盛り上がってた!さすが、天下のニューヨーク!タイムズスクエア

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ラウンド・ゼロ

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ここは行かなければ。とおそるおそる地下鉄に乗ってやってきました。9.11、テレビで見ていた。砂埃と煙と炎の中で呆然としていた人、懸命に巻き込まれた人を救おうとしていた人。みんなテレビや雑誌やネットで見ただけだったけど。現場に立てば、切れ切れの記憶がよみがえってきます。

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ワン ワールド トレード センター は2014年11月3日に竣工したばかり。

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ビルの谷間はこころなしかひっそり。

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ウオール街

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もくもくと煙が上がっているところが、ウオール街。

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 観光客でいっぱいで、タイムズスクエアほどではありませんが静かな金融街、びしっと決めたビジネスマンがせわしなく行き交う、とは真逆だったりする。みんなしてカジュアルな恰好でせっせと写真を撮っている。もちろん私もその一人。真ん中の赤白シマシマの煙突から絶え間なく上がる湯気は何だったんだろう…。他の人が行った、ウオール街の記念写真にはこの煙突と煙がない。未だに不思議です。 

 

自由の女神

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世界の裏側まではるばるやってきたのです。自由の女神くらい、見て帰りたい。VELTRA(世界の観光地の現地ツアーを予約できるサイト)にいくつも自由の女神ツアー、あったのですが、見比べ、NY初めてだし、現地でアタフタするより多少お値段かさんでも日本で決めて時間と手間を省こう。船で女神さまに近づけて、空きありのうち出発時間が一番早くかつツアーの時間がコンパクトなツアーにしました。もっとも、自由の女神が見たいのであれば、選択肢はほかにいくらでも…。女神のおわしますリバティ島に渡って足元からその巨大なお姿を見上げることもできれば、船のチケットなど現地で買えるし。豪華にヘリコプターをチャーターして空から女神様を見下ろすテもある。(船が出航し、港を進むとヘリポートがあり、さらに進むと女神さまの頭上にはヘリコプターの姿がちらほら)でもま、時間が限られていたので、さらっと。

世界中からやってきた観光客満載のお客さんを乗せて、船は出発。カウボーイハットをかぶったDJ!?さんが初めから終わりまで弾丸のようなトークライブ。何言ってるのかはさっぱりわかりませんが、陽気でハイテンションなしゃべりはおんな一人、旅の空に心地よい。

 

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お天気サイコー!昨夜は夜のマンハッタン。今日は海から眺める朝の摩天楼の町。

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見えてきた!

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自由の女神さま!

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リバティ島のお隣、エリス島のイミグラント・ビルディング。元移民局今博物館でアメリカの歴史遺産・文化遺産。たくさんの人が新天地アメリカを目指してやってきた。自由の女神を横目にはじめに上陸したのがこの島。

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雲一つないんですよ~。感激しました~。乗客もみんなハイテンション!となりのチャイニーズの男性はひっきりなしにシャッターを切る。そして自撮り棒を手に、全員がイェーイ!ピースして女神さまつきの己の写真を撮るのに夢中!いやあ、ここまでお上りさん全開の人に囲まれていると、勇気が出てきますね。自分だけじゃないって!

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あ、遠ざかっていく。

最後に女神さまが一番大きく撮れた写真を。

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メトロポリタン美術館で絶対見るべき日本美術おすすめ22の作品見どころ紹介!

アメリカ東海岸は日本美術の宝庫。時期は大きく分けて二つ。幕末~明治、そして第二次世界大戦後。歴史の大混乱期、日本美術の数多くの名品・作品が海外に流出してしまった。コレクションは吸い寄せられるように、メトロポリタン美術館に集まった。収集と研究はその後も続いています。メトロポリタン美術館が所蔵する日本美術の代表作、豪華コレクションを紹介します。

八橋図屏風 尾形光琳 1709年頃

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描かれてるのは、かきつばたです。なのになぜ「八橋図」なのか。これは、「伊勢物語」の東下りの段、旅人が川が複雑に分かれ、八つの橋のかかるかきつばた咲き乱れる場所で歌を詠む(ら衣 つつ馴れにし ましあれば るばる来ぬる びをしぞ思ふ)に由来します。

濃い藍と緑と金、画面を分断する橋が重厚感あふれ、力強い。この絵をさかのぼること10年、もう一つ、光琳の「燕子花図」があり、根津美術館所蔵、国宝。根津のかきつばたの群れは華麗にして艶。「琳」は「琳派」の「琳」、そして尾形光琳の手掛けたジャンルは屏風絵等、絵画にとどまらず、工芸品や小袖、書、焼き物、染付など幅広く、ええトコの御曹司(京都の呉服屋さん)で有力なパトロンが何人もいて、作風のとおり豪奢で痛快な江戸時代のマルチな美のデザイナーの名がふさわしい。

鳥取藩藩主池田家伝来。1953年、アメリカがこの絵を購入。のちに、光琳の真筆と鑑定されました。(渡米当時は真贋がはっきりしていなかった)偽物なら、と輸出を許可したのに。勿体ないことをした…。

 

朝顔図 鈴木其一 19世紀はじめ

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同じく金と藍と緑の饗宴。色遣いは同じ、草花を扱っていることも同じ。こちらはより女性的かな~。流れるような朝顔の葉と蔓がリズミカルで、めでたくも流麗な琳派の美の名品。尾形光琳に続いた琳派の雄、鈴木其一。先日日本で大規模な回顧展が開催され、この絵も里帰りし、画力の高さにうなった見学者は数知れず。江戸の染物職人の家に生まれ、江戸琳派のもう一人の雄、酒井抱一に弟子入りし、頭角を現し、この二人は江戸の琳派を代表するビックネーム。そして琳派は富裕層・文化人層あってのジャンルで、豪商・大名・知識人を顧客に抱え、琳派の円熟期・完成期の大胆かつ華麗な大作のかずかずは、琳派の日本美術史の位置を決定づけた。繚乱の江戸文化にふさわしい。金箔で空間を。緑青で草木を。群青で渓流をねっとり~の色遣い・筆遣い、過剰では~!?と言いたくなってしまいたくなるほど色濃く書き込んだ「夏秋渓流図」(根津美術館蔵)なども代表作です。。

 

桜花図屏風 酒井抱一 1805年

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ホントは光琳と其一の間に持ってくるべきなのですが。其一の師匠、江戸琳派の礎、酒井抱一。お殿様(姫路藩主)の弟の子。江戸生まれ、江戸育ち。絵に限らず、俳諧、国学、お能、などもたしなむ、筋目正しき遊蕩好きの!?貴公子。でしたが37才で出家。尾形光琳にのめり込み、光琳や乾山の模写の画集を出したり、光琳の百回忌の法要を主催したり。そして光琳に傾倒しながらも独自の境地を切り開いていきます。琳派の豪壮華麗さを意識しながらもよりたおやかな表現。抱一様式とも呼ばれた。

この絵は、上2/3の金箔、下1/3の銀箔。浮かび上がる葉桜の葉の色はあえてのオレンジ。幽玄の世界だ。代表作「夏秋草図」(東京国立博物館所蔵、重要文化財)(敬愛する琳派の祖、俵屋宗達を模して描いた光琳の「風神雷神図屏風」の裏に、風神の風にあおられる秋草と雷神の雨に打たれる夏草を総銀箔をバックに描いた)に通じるものがあります。

 

老梅図 狩野山雪 1646年

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この絵は、メトロポリタン美術館の公式ガイドブック(11か国語版があり、ショップで全部めくったわけではないが掲載されている作品は共通のはず)の裏表紙に採用されている。(ちなみに表表紙はジャン=レオン・ジェロームの「バシボズク」)あえて老木を持ってくる。若木であれば、より多くの花がつきます。そして梅の木も人間と同じ。年をとれは樹形が変わり、枝を延ばす力が衰え、幹は割け、いわゆる「臥龍」と呼ばれる樹形となる。こっちの方が風流ではある。この木、いったん倒れたのですね。幹がまず横に倒れ、さらに上に伸び、下に伸び、また空に向かい、上に伸びる。そして年老いた梅の木は、己のエネルギーを振り絞って、長い冬の終わりに、それでも花を咲かせるのです。つぼみは朱。花は白梅。この絵のテーマは、時代と世代と人種を超えて悩める人々の心をとらえ、胸を打つ。

総金箔。琳派じゃなくて絵師の名がしめすとおり、狩野派。琳派が江戸のニューウェイブなら、狩野派は室町時代の足利将軍家御用達にさかのぼる由緒正しき日本絵画の系譜。もともとはご覧のとおり、襖絵。京都の妙心寺の一角の奥襖絵だった。お寺が火事にあい、再興資金にあてるため、この絵は片岡 直温(かたおかなおはる 明治~昭和初期の実業家・政治家)の元に。のちに日本美術のコレクターとして名高いハリー・パッカードに。そしてメトロポリタン美術館に。

もちろん、不屈の魂を感じさせるこの絵は狩野山雪の代表作。

 

月下白梅図 伊藤若冲 1755年

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メトロポリタン美術館の伊藤若冲は美術館のHPで検索かけたら13点。選んだのは満月の光を浴びて白い炎が燃え立つような、清冽な梅の花の絵。同じ梅でも上の山雪の絵と花つきが違いすぎることにも注目!この絵が描かれたのは1755年。若冲が家督(京都の青物問屋)を弟に譲り、晴れて画業一筋に打ち込むこととなった年です。後年の若冲の代表作「動植綵絵」中にも同じ構図の絵があります。(日本の王室、つまり皇室蔵。三の丸尚蔵館所蔵)若冲といえば最高級の画材を使い(だから色彩鮮やか)とことん写生にこだわり、細部までびっちりと精緻に書き込む。近づいて書き込みの細かさと正確さに見とれ、下がって絵全体を見れば。どの絵も異様な熱気とも幻想的ともつかぬ独特の作風は○○派、ナントカ系に収まりきらない。若冲だけのオリジナル。この絵は、個人収集では質・量ともに日本国外では最高と言われる日本美術の収集家、メアリー・グリッグス・バーク夫人のコレクション。夫人が亡くなったあと、2015年、メトロポリタン美術館に寄付されました。

 

北野天神縁起絵巻 13世紀後半

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この画面、今どきのゲームの炸裂シーンのようだ。「北野天神」とは現北野天満宮。菅原道真を祀った神社。あまりに出来すぎの道真は妬みを買い、無実の罪で大宰府に流され、流刑先で無念の生涯を終える。すると…。ゆかりの人間が次々に奇怪な死を遂げ、台風・干ばつ・疫病・飢饉と天変地異が立て続けにおこり、人々は道真の祟りだと恐れおののき、北野天満宮を立てて道真の霊をなぐさめた。を描く北野天神縁起絵巻はいくつも作られており、本家本元、北野天満宮所蔵のいわゆる承久本は国宝。こちらのメトロポリタン本、弘安本、根津本。少しずつ内容が違います。

描かれている九頭九尾の化け物は地獄在住。切れてしまっていますが燃え盛る炎の中には生前道真をおとしいれた人々が炎に焼かれ、苦しんでいる。画面中央向かって右の山伏の姿の使いの者は、戻って帝に一部始終を報告するのです。

 兵庫の天台宗太山寺伝来。幕末の英雄で明治の元勲、井上馨侯爵がが愛蔵していたことでも有名です。侯爵の死後、山中商店(東洋美術の名品を世界に売りさばき、日本の美術工芸の水準の高さを世界に知らしめた伝説の美術商)の仲介で、1925年、メトロポリタン美術館が購入。

 

観音経絵巻 1257年 

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まずこの綺麗な色遣いを見ていただきたい。赤が、朱が、緑が青が、ここまで鮮明に残っている。これだけの状態良好な時代を経た絵巻物は、世界広しといえどもこの1点のみ。日本の鎌倉時代の、そしてメトロポリタン美術館の誇る仏教絵画です。

正確なタイトルには「妙法蓮華経 観世音菩薩普門品」 。頭に「何無」(私は仏さまに従いますの意味のサンスクリット語)を付ければ、「なむみょう~ほうれんげ~きょ~う」です。インドの法華経を鳩摩羅什が漢訳したのが妙法蓮華経。30章に分かれており、観世音菩薩普門品は第25章。生きていれば、否が応でも辛い目にあう。苦しい時もある。観世音菩薩さま慈悲深いお方、我々が観音さまの名前を信じてひたすら唱えれば、必ずその声は観音さまに届いている。救ってくださるのです。

七色の光を放つ、空のかなたの夢のような極彩色の仏塔の中に、観音さまはおわします。金色の雲に乗る、お伴の仏様を従えて。天女は羽衣を翻し、花を振りまき、音楽を奏でます。私たちが観音様を信じで唱える声に耳を傾けておいでなのでしょうか。それとも、悩める私たちを救うため、お出ましになってくださったのでしょうか。

 

保元平治合戦図屏風 17世紀

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屏風ですから、大きい。(154.8×355.6cm)そしてこのジャンルの絵は、時空を超える。目を凝らして見て、いったい何シーンあるんだろう。中央大きく描かれているのは保元の乱中、後白河天皇軍が崇徳上皇軍に夜討ちをかける白河殿夜討。クライマックスシーン。で、崇徳上皇が讃岐に流されるシーンはどこに。弓のつわもの、身長210㎝、左腕が右腕より12㎝長い、水滸伝の怪物を連想される源為朝はどこに。首に矢を受け、敗残のお尋ね者としてさまよう 悪左府(ネチネチしていて好かれない人だったらしい)藤原頼長はどこに。武士が天皇を襲う、三条院焼討はどこに。我が子の命乞いをする絶世の美女にして源義経の母、常盤御前はどこに。二条天皇が平清盛を頼る、いわゆる六波羅行幸はどこに。保元の乱の政争に勝ち、一転して平治の乱では追われる身となり、土の中に隠れたものの(箱に竹筒で空気穴つき)追手に見つかり自害して果てる信西はどこに…。と目を凝らし続けなければ。(単眼鏡を持っていかなければ♪)もともとは出雲藩主松平家所蔵。

 

 柳橋図屏風 17世紀はじめ

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こちらもバーグ夫人のコレクションです。桃山時代から江戸時代初期において流行した柄。金で大きく橋が描かれしだれ、風に揺れる柳の葉。ダイナミックにしてドラマティック、豪放磊落桃山文化にふさわしい。日本にも多くの秀作があり、忽然と歴史に現れ、当時全盛の狩野派を脅かす大躍進・大活躍ぶりに狩野派が焦りまくり、陰に陽に嫌がらせを受けながらも凛として立ち、巨業をなしとげた長谷川等伯の「柳橋水車図屏風」(香雪美術館蔵・重要美術品)が殊に有名。水車!?と思われた方もいらっしゃるはず。長谷川派のお家芸、当時全盛のこのデザインは、橋・柳・半月・水車・蛇籠(大きな竹籠に砂利とか詰めた。護岸用。今のテトラポットみたいなもの)が定番。メトロポリタン美術館所蔵のこの絵には水車がない。蛇籠は画面向かって左の半円形のがそうです。川は宇治川。橋は宇治橋。宇治川は京都郊外。平等院のある所。つまり宇治川は当時の人々にとって、この世にありながらも極楽浄土を連想させる地名なのです。…にしてはなんか不気味な感じが漂う…。気のせいかしら…。

 

源氏物語図屏風「行幸・浮舟・関谷」 土佐光吉 16世紀半ば~17世紀はじめ

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この絵は土佐派。。栄枯盛衰を繰り返しながら室町時代から幕末まで続いた雅やかな大和絵の系譜です。左下には確かに「御幸・関谷・浮舟」とは書いてある。16帖関屋は左、逢坂の関で源氏とかつて契った空蝉はすれ違う。空蝉は人の妻であり、二人の胸に去来する思い。真ん中が51帖の浮舟なのでしょうか…。匂宮の降りしきる雪の中、浮舟を拉致するシーンなんか、54帖中、目玉の見せ場の一つだと思うんですけど、雪は降っていない。二人の男性の間に挟まれ、いっそのこと死んでしまおう、のシーンにしては、お伴の人が多い。わからない・29帖行幸は右、大原の鷹狩のシーンですね。屋外の華麗なシーンを選んで絵巻物に仕立てています。

土佐光吉のメトロポリタン美術館の収蔵品は全部王朝絵巻。平家物語の小督(美貌の琴の名手。高倉天皇の寵愛を受けるも平清盛の逆鱗に触れ出家させられる)のエピソードを画面の随所に描いた絵。のシーン。源氏物語24帖、胡蝶。源氏と女人たちのすむ館の明るく華やかなこの世の楽園のような、春を祝うセレモニーの絵など、王朝女子の心をわしづかみにして離さない優美な作品はため息もの。

 

信楽焼の壺 14~15世紀

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信楽焼は日本の古窯のひとつ。元々は生活の器を内輪でひっそり作って使っていたのでしょうが、京都に近かったことと、かの千利休がわび・さび(自分でもよくわからないことを書くことをお許しください<(_ _)>)を民家で使われていた信楽の壺に見出し、茶の湯に使ったことから一挙に芸術の域に格があがった。ましてや室町時代の壺ともなれは、作例がそもそも少なく、今に伝えられ、見目麗しく、保存状態が一定のレベル以上、しかも大型(高さ46.7cm、直径39.4 cm)ともなりますと、なかなかお目にかかれない。信楽の魅力は土の色をそのままに。炎の跡も焼いてる途中で灰が落ちてもそれが味になる。個性になる。素朴さと荒々しさを、先人は並ぶものなきと珍重したのでありましょう。

 

 柿右衛門深鉢 有田焼 17世紀末

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有田、伊万里の色絵磁器は染め付けは、まず白い肌の透明度の高さ、そして色出しの美しさと柄ゆきの可憐さ。蓋つきのこのフォルムはヨーロッパへの輸出用だから。色絵磁器といえば、誰が何と言おうとも総家元!?は中国の官製窯、景徳鎮。当時、ヨーロッパでは景徳鎮窯のファミーユベルトと呼ばれる白地に透き通るかのような緑の細かく精緻な模様の染付けが大人気で、この器も緑色が目につくし、花鳥の文様も中国風。顧客のニーズに応えたのですね。フタと器がお揃いなのは大変に珍しく、名品を手に入れるメトロポリタン、さすがです。

そして中国風とはいえ、柿右衛門といえば赤。それも、真っ赤じゃなくて、柿色。オレンジがかった赤ですね。景徳鎮の影響を受けながら、謹製日本製!を主張してくれているのはうれしいかぎりです。お花は芍薬と菊。岩の上の青と緑の小鳥が愛らしい。

有田や伊万里は江戸時代、ヨーロッパで珍重され、メトロポリタン美術館にも色鮮やかに輝く品々が数多く収蔵されています。

 

 石橋図 曽我蕭白 1779年

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お能の演目「石橋」。現在の中国浙江省天台山。(日本の「天台宗」のいわれでもある。最澄さまも訪れた仏教の聖地)お坊様が天台山の石橋を渡ろうとすると少年が現れ、橋の向こうは文殊菩薩がお住まいになられる浄土であり、修行を積んだものでも渡ることは難しい。ここで待てば文殊菩薩さまがお姿を現すだろう。と言いおいて去ります。お坊様がじーっと待っていると、文殊菩薩さまのしもべであり、使者でもある獅子が現れ、牡丹の花が咲き乱れる中、神がかった舞を見せるのです。

をベースに江戸時代の、そして屈指の奇想異端の巨匠絵師、曽我蕭白は、断崖絶壁を駆け上がり、文殊菩薩さまのおわします清涼山を目指す小獅子のおびただしい群れとそれを見守る母獅子の姿を描きました。まず発想のユニークさに呆気にとられ、そして小獅子の必死の形相、懸命なしぐさが見事でもあり可愛らしくもあり。ある小獅子は宙を舞い、またある小獅子は石橋を渡り切れず、雲海に落ちていく。

この絵、日本美術ですよね。で、こんな絵を描く人、いたんだ…。しかも、江戸時代に。の驚きさめやらず。この絵もバーク・コレクションの目玉の一つ。

 

 鎧兜(足利尊氏が寄進) 10世紀~14世紀初頭

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白糸威褄取大鎧(しろいとおどしつまどりおおよろい)。漆塗りの鉄板や革を白の絹紐で組み上げるから「白糸威」。古典の授業中、平家物語とかで「○○威の鎧着て」のくだり、しょっちゅう出てきましたね。スカートみたいに5段に下がって腰から太ももを守るのが「褄取」。「大鎧」(偉い人)「銅丸」(中間)「腹巻」(一兵卒)と、身分により使う鎧は異なる。腕の部分のパーツがないのですが、寄進した最初からなかったのか、いつの御代にかなくなってしまったのかは不明。

鎌倉時代末期、足利尊氏が京都の篠村八幡宮に打倒!鎌倉幕府の戦勝祈願のためにこの鎧兜を寄進し、戦いにおもむいた。胸板に描かれているのは不動明王さま。めらめら燃える炎と勇ましいお姿は武将が身に着けるにふさわしい。同時代の大鎧(ただし袖付)は日本では国宝です。重さ17.2㎏。

京都松井家が所有。明治末期に、京都の美術商、時代屋からバシュフォード・ディーン(アメリカの生物学者にして日本の甲冑コレクター)が購入。1914年、メトロポリタン美術館に寄付されました。

 

冨嶽三十六景 神奈川沖波裏 葛飾北斎 1830-32年

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フランス共和国に印象派の巨匠、クロード・モネの「ルーアン大聖堂」連作があるなら、我らが日本国には葛飾北斎の「冨嶽三十六景」がある☆彡作品数はピカソの45,000点には負けてしまいますが、生涯30,000点。世界一有名な日本人の絵かきは間違いなく葛飾北斎。世界一有名な日本の絵は間違いなくこの1枚。ゴッホはのめりこみ、作曲家ドビュッシーの交響詩「海」の、詩人リルケの「山」のインスピレーションの源となり、世界のアーチストがこぞって絶賛の嵐。ドラマチックで息をのむ大胆な画面構成。藍と白のコントラストとコンビネーションは、まさに日本美術のアイコンの名にふさわしい。

葛飾北斎、別名画狂老人卍(まんじ)。ひたすら描いた。絵が描ければそれでよかった。部屋には店屋物のごみが散乱し、収拾つかなくなれば引っ越す。(ちなみに引っ越しは生涯93回)着ているものはボロボロで、画料は包みのままほっといて御用聞きには見てもいない包みをそのまま渡す。不愛想で偏屈。ただもう、描きたい。90才で亡くなる間際の言葉が「天があと5年、私を生かしてくれたなら、真の画工となれたものを」の気迫に、私たちも勇気を奮い起されます。画業は縦横無尽、快刀乱麻。

 

三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛 東洲斎写楽 1794年

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出たぁ~!!と思わず歌舞伎の大向こうの声かけしたくなっちゃいますね。超有名なこの絵はメトロポリタン美術館のほか、ボストン美術館、シカゴ美術館、東京国立博物館、大英博物館所、立命館大学に所蔵あり。

忽然と現れ、活動期間はわずか10カ月。150枚あまりの作品を残し、姿を消した謎の浮世絵師、東洲斎写楽。役者絵は、今のファッション写真であり、ブロマイド写真であったはずなのに。奇想天外なデフォルメと役者は美化してまたは役柄として画面に現れていたのに、演じる人間そのものをえぐり出すかのような浮世絵。そして浮世絵って、今のプロデューサー、版元あってなので、人気がなければ、売れなければ次はない。立て続けの出版は人気のバロメーター。なのになぜ、歴史のかなたに消えて行ってしまったのか。そして東洲斎写楽は、何者なのか。今なお、謎のまま。

 

難波屋おきた 喜多川歌麿 1790年代

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おきたちゃんは16才。今なら中~高校生。でも寛政時代は花の盛りの女の子。浅草は浅草寺随身門わきの水茶屋の看板娘。寛政三美人は難波屋おきた、高島屋おひさ(両国のせんべい屋さんのお嬢さん)、富本豊雛(吉原の遊女にあらず芸者さん、浄瑠璃のお師匠さん)。中でもおきたちゃんは清純、はつらつ、颯爽。歌麿の絵の効果もあって浅草観音かいわいの水茶屋はどこも大繁盛。おきたちゃんを一目この目でと男どもは群れをなす。難波屋の前の人多すぎ、商売に差し支える、困ったもんだ…思い余って水をまいても効果なし。それでもおきたちゃんは明るくテキパキとお仕事に励み、お高くとまることもなくお客さんとも気さくにお話していたそうです。髪は娘島田。淡いくすんだ緑(摺りたては水色だったのかも)の単衣に黒繻子の幅広の帯。

女を書かせたら日本の筆頭は喜多川歌麿。時代が下がると続いて鏑木清方、上村松園、伊東深水。この浮世絵は歌麿円熟期、絶頂期の極め付けの1枚です。

 

美人大首絵 渓斎英泉 1825年

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ご紹介した巨匠の代表作3枚の大スタンダードから打って変わって、アクが強くでデカダンかつエクセントリックな浮世絵をどうぞ。渓斎英泉(けいさいえいせん)。正統派の美人画からは離れてしまいますが、一目見て忘れられないインパクトのある生身の女を感じさせる。様式美で一時代を築いた人気浮世絵師として。時代は江戸末期。文化爛熟世の中段々政情不安定…の時代に、ジョジョ立ちの傾城の女はまことにマッチしていた。風景画も描いているのです。しかし悲しいかな私レベルでは英泉なのか広重なのか見分けられない~。

英泉はもともとは下級武士だったのですが、上役とケンカして武士をやめて狂言作家を目指し、あわせて絵を学んだ。この画風です。本領は実は春本春画にあったとも。当然その手のお店のお得意様でお酒と女が大好きで放蕩三昧。ついには自らも娼家を経営する。とともに浮世絵では弟子を多数抱え、滑稽本なども書きまくり、無名翁の名前で書いた「無名翁随筆」は別名「続浮世絵類考」。浮世絵師の人名略歴作風代表作が記されており、後世の研究家は大助かり。

 

花鳥蒔絵螺鈿書箪笥 16世紀後半

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浮世絵師や陶工は名を残す人もいるけど、漆工の匠の名前は…少なくても私の狭い見聞の中では、思い浮かばない。しかし桃山時代、日本を訪れたスペイン人、ポルトガル人は日本の漆細工、蒔絵に目をつけた。軽くて持ち運びしやすく、丈夫だし、ゴージャス。華やか。キレイだ。そして自分たち用に、輸出用にオーダーする。このタンスはヨーロッパ仕様です。そして黒と金だけだった蒔絵に螺鈿が加わった。貝がらの裏側、虹色に光るところを磨き上げて好みの形に切り出して貼り付ける。黒・金・虹色の海外仕様のデコラティブな蒔絵は「南蛮漆器」と呼ばれます。上でご紹介したヨーローッパの室内装飾なんか見ると、なんとなく納得。ヨーロッパの人はこの手の模様がお好き。顧客の要望に応えるのは、ものづくりの鉄則。蒔絵は日本のお家芸。でもこのタンスは日本純正の意匠でないことだけ、押さえておきましょう。

 

蔵王権現立像 11世紀

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1,300年前(奈良時代)に行基さまが開かれた由緒正しき京都の迎接寺にあったこの像。日本にあれば国宝クラスです。まず、製作が平安時代。古い。そしてお顔はこわいけど、軽やかかつ品のあるボディライン。戦後、村に電気を通すためにお寺が手放し、日本の収集家から伝説の日本美術収集家、ハリー・パッカードの手にわたり、1975年、メトロポリタン美術館にやってきた。昔、権現さまは右手に三鈷杵(さんこしょ・密教の法具)を手にされていた。三鈷杵で魔を退治するのです。左手は剣印。いわゆるチョキ。魔を断ち切るのです。右足が上がっている。魔を踏み砕くのです。怒れる仏さま、戦う仏さま。

蔵王権現さまは仏教の仏さまではあるのですが、インド由来ではなく、日本生まれの仏さま。長崎の隠れキリシタンみたいなかんじで、山岳信仰と仏教がむすびついて修験道が生まれ、日本で独自の発展を遂げた。役小角(飛鳥~奈良時代の呪術者)が権現さまの姿を霊感で感じ、その姿を桜の木に刻んだのがはじまり。

村に電気をひくためにお寺さまが秘仏を手放すなんて。美談にしてしまうにはちと胸痛むものがあります。日本政府も、海外に持ち出してはいけないクラスの仏像であることはわかっていた。それでも今、権現さまははるかアメリカのニューヨークにいらっしゃいます。

 

地蔵菩薩立像 快慶 1202年

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解体修理の際、仏像の頭の内側に銘が記されており、鎌倉仏師いや日本仏師の最高峰、運慶快慶の快慶作と断定された。こちらもバーク・コレクション。

快慶の仏さまは平安時代の仏像の未来発展型。定朝の流れをくみ、素直に仰ぎ見、祈りを捧げたくなる仏様。仏像の枠を超え、その先の表現に大胆に切り込んだ運慶もカッコよすぎですが、穏やかに佇む快慶は、並び称され超絶技巧の仏師であることに間違いない。ラファエロみたいなものでしょうか。(平明すぎてあれこれ言いたい人にとっかかりを掴ませず、言及されにくい)

お地蔵さまは剃髪している。つまりお坊さまの姿で、人の苦しみを引き受けてくださる。そして親より先に死に、親不孝の罪で賽の河原で石を積む子どもたちを守ってくださるのも地蔵菩薩様。左手に如意宝珠、右手に錫杖。お袈裟の流れるラインを模様が美しい。快慶の仏像は、後期になると表情がどうも画一的、とか言われてるのですが、このお地蔵さまを作ったころは比較的初期のもので表情がみずみずしい。

 

不動明王坐像 快慶 13世紀はじめ

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 平明、穏やかと言っておきながら、怒れる不動明王さま、快慶作。こちらもバーク・コレクション。

不動明王さまはインド生まれ。空海さまが日本に伝えた。インドや中国では作例が少ないのです。しかし日本では大人気。日本では密教が大流行し、密教のメインの仏さまであり、今でいう普及啓発の度合いが凄まじく、また成功したのですね。

不動明王さま、怒っています。実は大日如来さまのまたの姿(変身できるのですね)。仏さまの教えから離れる、言うことをきかない者どもを本気になって、力ずくででも正しき道に導きたい。人の心にある弱さを打ち砕き、救いたい。救うのだ!絶対に救うのだ!と松岡修造さんなど及びもつかぬ熱さ激しさで燃えに燃えていらっしゃる。だから、怒ったお顔でいらっしゃるのです。目を剥き牙を見せる忿怒(ふんぬ)相、剣と投げ縄をお手にされています。つまり現世の苦しみを救ってくださる神様なので無病息災、家内安全、商売繁盛、交通安全、合格祈願、なんでもお願いしてかまわない。密教にとどまらず、ほかの宗派でもご本尊として広く日本人の心をつかみ、信仰されてきた。

京都の青蓮院伝来だったらしい。この仏像の製作されたとおぼしき頃、快慶が青蓮院で働いた記録は残っている。しかし肝心の仏像の記録がないので断定できないのですが。

 

 

 

終わりに

こちらもぜひご覧ください。

メトロポリタン美術館の日本美術以外のダイジェストと

hitomi-shock.hatenablog.com

 

アメリカ東海岸のもう一つの日本美術の殿堂、

ボストン美術館の日本美術中心のダイジェストです。 

hitomi-shock.hatenablog.com

メトロポリタン美術館で絶対見るべきおすすめ23の作品と見どころを紹介する!

アメリカ ニューヨークのメトロポリタン美術館。若き国、アメリカ。代々の王族の所蔵品、ではない。国は栄え、垂涎のお宝は全世界から富の集まるところに吸い寄せられる。そしてお金があればいいってものじゃない。燃える情熱と、選ぶ目がなければ。そしてお宝を守り、語り継ぐ人がいなければ。さんざめき、世界中から集う人々は、いにしえの先人たちのなしとげた遺構の数々に息を呑み、心打たれるのです。世界屈指のコレクションのハイライト、代表作のかずかずをお届けします。

 

デンドゥール神殿 紀元前15年頃

temple of dendur

メトロポリタン美術館のエジプト美術のコレクションは本場カイロに次ぐ。エジプトには、遺跡がありすぎるくらいある。外国に発掘してもらい、成果品は本国エジプトと発掘調査隊とで分け合うのです。20世紀はじめ、1930年代くらいまで、エジプトはわりと寛容で、今では持ち出し禁止!エジプト国宝!クラスの品々が海を渡ってニューヨークにやってきた。なかでも白眉はこのデンドゥール神殿。アスワンハイダムに沈まんとしたこの遺跡は、かのジャクリーヌ・オナシスの計らいで大西洋を渡る。ワシントンD.Cのポトマック川のほとり、そしてボストンのチャールズ川のほとりに移設するプランもありましたが、石の劣化を防ぐため、屋内展示のできるニューヨークが選ばれ、ジャッキーの住む場所からこの神殿を臨むことができるよう、今の場所に、そしてガラス張りの広大な展示スペースが設けられた。スケールの大きさに圧倒されます。19世紀にエジプトを訪れた人のアルファベットの落書きが残っているのはご愛敬♪

この他、お墓もスフィンクスも、そのまま持ってきてしまう。数が多く、手始めに見学者入り口すぐのエジプトから、と美術館めぐりを始めてのめり込み、大幅時間オーバー!必至です。

 

切妻型のチェストと3,500年前のリネン

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紀元前1492–1473年。エジプト。ここまで完全に残っているのです。チェストはともかく。布ですよ。展示はエジプシャン・アートスペース。つまりこの布はミイラをくるむための布。その布が、完全な形で、残っている。今ひろげても、使用に堪える状態で、目の当たりにすることができる。もちろんガラスケースに収められており、細心の注意が払われ、万全の保存の態勢が整えられている。布も粗目細目大小あり。ミイラの下に敷いたり、くるんだり、ミイラの中に詰めたり、使い分けていたのでしょう。やがてよみがえる日のために。

 

ドブロイ公爵夫人 J=A=D・アングル 1851-53年

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フェルメールの「真珠の首飾りの少女」が髪に巻くラピスラズリ色のターバンは究極の青。そして究極の水色とは、この絵の貴婦人が身にまとうシルクサテンのドレスの色ではないでしょうか。19世紀、フランス。滑らかでつややかな肌の白さとレースの純白、黄金に輝く椅子とアクセサーとの対比で水色は、いっそう輝きを増していく…。ドブロイ公爵夫人は、わずか35歳でこの世を去り、ドブロイ公爵は深く悲しみ、この絵にとばりをおろし、終生見ることはなかった。水色は、今は亡き愛しい人の追憶と追慕を呼び起こす色。

 

ジョージ・クリフォードの甲冑 1585年頃 

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この絢爛豪華な甲冑、もとは金と、青だったのです。時とともに色が変わり、今は黒になっていますが。イギリスのエリザベス1世の御世、チューダー王朝時代。全体に施されたバラとユリ、「エリザベス」の「E」の文様が時代の栄華を表します。製作はイギリス王室の工房、身につけたのがジョージ・クリフォード伯爵。伯爵はこの鎧を身につけ、槍を持ち馬上の人となり、御前試合を戦った。女王陛下の名誉のために。さぞかし壮観だったのでしょうね…。

メトロポリタン美術館では、武器甲冑に一大スペースが割かれており、フル装備の馬と甲冑をつけた騎士(ガイドさまは重さ28kgと教えてくださいました。重すぎるのでは…)かの実物大・臨場感いっぱいの展示、そしてヨーロッパのみならず中近東、中央アジア、アジア、当然日本も含む武器や甲冑が一同に会し、展示されています。刀なども、妖気漂う日本刀とナタとみまごう水滸伝の力持ちでなければ振り回せないような分厚く大きな中国の刀なんかが隣り合わせに展示されていて、それそれの国、それぞれの時代、手がけた人々の叡知の結集のオーラに圧倒されます。

 

クーロス像 紀元前590-580年頃

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ギリシャ彫刻のさきがけの作品として有名です。このポーズ、古代エジプトのファラオや王妃さまと同じ。直立して、足を一歩踏み出している。影響ありあり。でありながら、生身の人間ぽさ。同じポーズでも、表現されたものは明らかに違ってきている。そしてこの彫刻の重さは900kgを超えています(高さは194.6 cm)。きちんと立っている。上半身の重みをより細くなりゆく下半身で支える。加え、長い年月を経ても作られた当時のままの姿を保つ。壊れない。を押さえた上で新たなる意匠が生まれる…。画期的なことであり、こちらのクーロス像に続くギリシャ彫刻は人体表現の豊かさとリアルさを兼ね備え、古代の頂点を極めるのです。「クーロス」とはギリシャ語で「青年」。若き貴族の墓標であったと伝わっています。

 

デラウェア川を渡るワシントン エマヌエル・ロイツェ 1851年

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ワシントン、ドヤ顔だ~。アメリカ独立戦争のシンボリックな名場面を大画面・壁いっぱい (378.5 x 647.7 cm)に描いたこの絵。アメリカ人の魂をゆさぶるのでありましょう。織田信長が今川義元を急襲した桶狭間の戦いのごとく、アメリカ建国の英雄かつのちの初代大統領ジョージ・ワシントンはデラウェア川を渡り、敵の部隊を襲い、打ち破ったのです。一方トリビアに走り

  • 実際に川を渡ったのは真夜中で雨が降っていた
  • この大きさの船にこれだけの人が乗っては沈んでしまう
  • アメリカ国旗はアメリカ独立戦争当時のものではない
  • 女性やアメリカ先住民、所謂インディアンが描かれている
  • こんな氷河の中(時期12月)進めない。

…まだまだ続く。しかしリアリティはこの場合さほど重要でではない。国を愛する心。色眼鏡で語られることは多々あるけど、自分の生まれた場所や住んでいる場所を愛することはすなわち自分自身を愛し大切にすることにほかならない。

 

 ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス レンブラント 1653年

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世界的なアートの人気の分野といえば、エジプト・ギリシャ・ローマ・ルネサンス・宗教画・印象派。そしてオランダ絵画。黄金期は17世紀。レンブラントのこの作品はオランダ美術の最高傑作のひとつであり、メトロポリタン美術館の至宝のひとつでもある。レンブラントの絵といえば、少なくても有名な絵は黒~茶~白のトーン。お年を召した男性のそれが多い…。つまり内面性と精神性。重くて深い熟慮を重ねる思索。逃れられぬ運命への憂いとそれを見続ける画家の目。描かれている人の、ものの奥深さ余すことなく描き出した。これがレンブラントが巨匠と呼ばれる理由でありましょう。イタリアの収集家に「哲学者の絵を」と依頼され、選んだ画材であり、古代ギリシャの伝説的詩人の頭像に手をかける哲学者の視線はうつろであり、秘める底知れぬ何かがあることを見る人に感じさせる。

  

 糸杉のある麦畑 フィンセント・ファン・ゴッホ 1889年

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ひまわり、自画像に並び、糸杉はゴッホの作品の有名な主題のひとつ。超有名「星月夜」にも糸杉、描かれています」サン=レミの精神病院に入院し、南フランスの照りつける陽光、燃え盛るかのように立つ糸杉は「さながらエジプトのオベリスクのようだ」と弟のテオに手紙を書き送っています。ゴッホにとって、己の暴れさかる巨大な宇宙の星のような精神のほとばしりは、あまりにも激しすぎて。自分で自分の手に負えない。精神の入れ物としての肉体は、あまりにも小さすぎた。弱すぎた。たたきつけるかのようなタッチはゴッホの絵のオンリーワンの特徴であり、南フランスの光と空気の息遣いを感じることができる。天才ゆえの途方もない心の暗闇を垣間見ることができるのです。

 ゴッホは生涯に2000枚あまりの絵を描いた。うち、メトロポリタン美術館のゴッホの収蔵品は、HPで検索したところ、110件ヒットしました。多い…。

 

ダマスカス・ルーム 1707年

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世界のトップ3に入る巨大美術館ですから、展示もスケールが大きい。トップのデンドゥール神殿しかり。そしてダマスカス・ルームは18世紀のはじめ、オスマン帝国(現シリア)はダマスカスの大商人の邸宅で使われていた冬の迎賓の間。(夏の迎賓の間は別にある)丸ごと持ってきてしまうんですね…。イスラム美術は華麗かつ精緻な装飾が特徴です。金箔は残っていますが、当時塗られていた鮮やかな黄色は褪色してしまいました。壁にはムスリムの詩が40あまり、雅やかなカリグラフィーで記されており、大商人の一族は敬虔なイスラム教徒でもあったのです。

シリアと聞けば、ひっきりなしに伝えられる政情不安、その度ごとに翻弄される人々の傷ましい様子がどうしても頭の中をよぎる。かつてオスマン帝国は、14世紀から20世紀の始めまで世界に君臨した世紀の大帝国でありました。この世には、変わらないものなど何もないのかもしれません。

 

アスター・コート

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 巨大展示その2。中国は上海のお隣、東洋のヴェネチア、ヴェネチアに勝る古都にして水の都、今なお数々の名庭園を残す蘇州の17世紀の庭園をイメージして作られた中国式・屋内式、天井のガラス窓から光が降り注ぐ中庭です。「アスター」の名は、この展示の発案者にして出資者、アメリカの伝説の慈善家にしてソーシャライト、ブルック・アスターに由来します。材料の調達と製作は当然すべて蘇州。1980年、中国人庭師により作庭・竣工。天に向かって大きく弧を描く屋根の形は中国や朝鮮ではよく見かけるフォルム。装飾であるとともに雨を防ぎ、室内をより明るくするのです。

これが中国式!?といまひとつピンとこないでもない。しかし中国美術鑑賞の合間、中国式の庭園の入口って大きな○型(茶室の入口みたいだ、大きさ全然違うけど)、中国独特の瓦屋根の反り返り、渡り廊下にはラーメンの丼に描かれているかのようなすかしのひさし、下がるランタン、そして欧米のガーデンって、花も色もあふれかえらんばかり、のスタイルが多いから余白を活かしたシンプルなお庭は西洋の方々の目にはフレッシュに映るのでありましょう。

 

オテル・ド・テッセのグランドサロン 1768-72年

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巨大展示その3。18世紀、フランスの大邸宅の客間。真ん中の机はフランス革命で断頭台の露と消えたマリー・アントワネットゆかりの家具です。重厚かつ絢爛豪華で優雅なヨーロッパの室内外の装飾様式、バロック・ゴシック・ロココ・ビクトリアン・エドワーディアンなどなど、見る人が見れば一目瞭然なのでしょうが素人にはなかなか。メトロポリタン美術館には、この展示を始め、イタリアベニス、18世紀、天蓋にキューピットが乱舞する極彩色のサグレド宮殿の寝室、フランス18世紀、青と白と金を基調としたまばゆいヴァレンジュヴィル・ルーム、イギリス18世紀の白の壁、ブルーの絨毯、赤の椅子の布がまばゆいランズタウン・ハウスのダイニングルーム、臙脂のタペストリーを壁全面に配した18世紀イギリスのクルーム・コートのタペストリーの間など、息つく間もない。こんなキンキラキンのお部屋では落ち着かないのでは…、なんてのは平民の発想ですね。

 

中世の彫刻ホールGallery 305 - Medieval Sculpture Hall

巨大展示その4。この吹き抜けの空間は、メトロポリタン美術館開館当時(1880年)のメインホールだったスペースです。ヨーロッパ中世(5世紀~15世紀)に関しては、別館(クロイターズ美術館)すら存在する。メトロポリタン&クロイターズの中世ヨーロッパ美術館のコレクションは世界屈指。ドイツとかフランスにも良いコレクションはありそうですが当然自国中心になる。メトロポリタン美術館はコレクターが系統立てて収集した作品、それも千点単位での寄付を一挙に受け、さらに収集を続けている。

ゴシック様式の大聖堂をイメージした美しくもそびえたつ鉄格子。アイボリーの壁と繰り返されるアーチ。そして静かにたたずむかつては町や村の教会で訪れる人々に、キリストの偉大さや生涯を示し、見つめ、祈り、心のよりどころであった、後世のそれとは別の、素朴ともぎこちなさともとれるキリストさまやマリアさま。もちろん例外はありまして、この画像では向かって右下、

 

ブルゴーニュの聖母子像 15世紀

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これなんか中世の聖母子像ではリアルな方。15世紀、フランス。ブルゴーニュに尼僧院を作るにあたり、ブルゴーニュ公(あるいはブルゴーニュ公夫人)が作らせた聖母子像。幾たびか持ち主が変わり、壁に掛けられていた時期もあり、マリアさまの後ろに回るとその跡がある。あどけないイエスさまは書物を指さし、マリアさまを見つめます。マリア様は書物を膝に置き、我が子を抱く。母と子のほほえましくも神聖なひととき。ノーブルで、どんな人が見ても心がなごむ傑作です。向かって右、マリアさまが腰かけている右にはラテン語で「初めから、世界が始まる前から、私は創られた」と記されています

 

ポンペイの壁画 紀元前50-40年頃

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 西暦79年、イタリアのヴェスヴィオ火山が噴火。ポンペイの町は火山灰に埋まり、町そのものが消えた。発掘はタイムカプセルを開いたかのよう。この壁画、修復ナシ!オリジナル!2,000年の時を超え、そのままの残っていることに、ニューヨークで実物の前に立っていることが不思議でありがたい。ポンペイ郊外の広大な荘園の邸宅のいくつもあった寝室の一つ。郊外なんだから、窓の外には緑が広がっていたことでしょう。正面に描かれているのは東屋と岩肌と水辺と黄金の台とガラスのボウルと果物。左右の壁はほぼ対象。都市の景色が描かれています。当時の人々の豊かな暮らしがしのばれます。

 

 ティファニーのガラス ティファニースタジオ 1923–24

Tiffany Studio Autumn Landscape Metropolition Museum of Art NY 5672

ガイドさまいわく、「アメリカの美術館にいらっしゃるのですから、ぜひアメリカのものも見て行ってください。」と案内してくださったのがこちら。ティファニーって、あの、「ティファニーで朝食を」のティファニーです。ティファニー・スタジオを指揮するのはルイス・カムフォート・ティファニー。米ティファニー社の創業者の子。何しろ御曹司ですから、工房で自分好みのガラスの製造(斑入りとかグランデーションとか)から手掛ける。当時アメリカの富裕層の間では、ティファニー社の大判のステンドグラスを持つことがステイタスであったとか。この作品は秋の景色。大判は自然や生き物(孔雀とか)を題材にしたものが多く、花瓶やランプシェイドなども数多く、アールヌーヴォーのアメリカの雄として、ティファニー・スタジオは父が率いるティファニー社に負けじ劣らずの名声を博しました。

全然関係ありませんが、ミュージアムショップで、ティファニー・スタジオの、これじゃないんですが、白い水仙の花の模様のTシャツ、記念に自分用に買いました!

 

薬師如来の壁画 1319年 

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アジア美術のブースの入り口に控える壁画がこちら。751.8×1,511.3㎝。つまり壁一面。大きい、大きい…。見学者は色を失う。中央の赤いローブをまとい、ひときわ白く輝くオーブが薬師如来さま。左と右は日光菩薩、月光菩薩。そして薬師如来さまをお守りするのは左右に控える武装した十二神将像(金剛力士とか帝釈天とか)。日本の仏像・仏画でもわりと目にしますね(興福寺とか新薬師寺とか)。中国、元の時代。悪い奴らは許さねぇ!!と日本では猛々しいお顔がおなじみの十二神将像さまは如来さま、菩薩さまとともに威厳に満ちていらっしゃいます。

経年による劣化はいたし方ないのでしょうが、何しろ大きく、そしてここから入っちゃダメ、のポールもない。近づいてみると

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お仕えする方のオーブまでもが!表情にいたるまで!はっきりとわかります。

 

砂岩のアプサラス像 12世紀前半

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インド、ウッタル・プラデーシュ州。なんて綺麗なのでしょう。アンコールワットやエローラで、肌もあらわにまばゆいアクセサリーをつけ、神々のお近くで踊るたくさんの女神さまをお見かけします。が、この、メトロポリタン美術館の女神さまは飛び切りの器量よし。ひとたび踊れば、「大阪本町糸屋の娘 姉は十六 妹十四 諸国大名弓矢で殺す 糸屋の娘は目で殺す」ってやつですかね。「アプサラス」はインド神話の水の精。普段は踊り子、でもどんな姿にも変身できる。結婚は、しているのですが時には上司の神様の命令で、修行に励む男性に近づき、信仰心を試す。…こんな踊り子さんに誘惑されては修行どころではありません。骨抜きにされてしまいそうです。

 

そしてメトロポリタン美術館の美人と言えば、わすれちゃいけないのがこちら。

マダムX(ゴートロー夫人) ジョン・シンガー・サージェント 1884年

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究極の横顔美人。蒼白くも透き通る肌。成熟した女性の程よく脂肪の乗った肩の、腕の、胸のなまめかしいこと…。ジョン・シンガー・サージェントはイタリア生まれのアメリカ人。主な活動の舞台はフランスとイギリス。マダムX(アメリカ生まれの銀行家夫人。ウォリス・シンプソン夫人、のちのウィンザー公爵夫人みたいな野心家の女性だったのでしょう)は当時23歳。28歳のサージェントは人気上昇中の画家。極め付けの作品にしたい。と懇願の末、パリの社交界の華であった夫人を描きました。胸元、ノーアクセサリーです。これは良くない。しかるべき貴婦人なら、しかるべき宝石を身に着けるべき。が時代の常識。さらにこの絵の発表当初、右の肩ひもを二の腕に下げて描いたところ、「セクシーすぎる」とのクレームがつき、スキャンダルの嵐はやまず、サージェントは追われるようにパリを去り、マダムXは下品な女との烙印を押されてしまった。時代とは言え、絵1枚で、これだけのセンセーションが巻き起こるところがすごい。サージェントはこの絵のタイトルも夫人の名入りから「マダムX」に変更。肩ひもはあるべき位置に書き直された。そして二人は二度と会いまみえることはなかったものの、サージェントは亡くなるまでこの絵を手離さなかった。

まず胸元に目がいっちゃう。そして視線は上に…。孔雀の冠のような髪飾り。夫人はもともとはブルネット。明るい栗色の髪は、ヘナで染めていたのだそうです。

 

ストーク夫妻 ジョン・シンガー・サージェント 1884年

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この絵がとにかく大好きなんです。なのでサージェント、2点です。(「マダムX」は絶対に落とせないし)。

女性はセクシーであるべき。または母であるべき。太古の昔から、女性は子どもを産む性だった。の流れから、どうしても我々人間は深い深い潜在意識の奥底、「かくあるべき」に縛られてしまう。しかしこの絵のストーク夫人の美しさは次元が違う。頬は紅潮し、いきいきとして。イブニングドレスじゃない。髪はひっつめ。一切の媚びがなく、なのになんと爽やかなのでしょう。今まで見てきた古今東西の神話の女神、聖書の登場人物、女王王妃王女寵姫、モデルとなり、画家たちのためにポーズをとったミューズたち…とは明らかに違う。見たことのない美しさにノックダウン!

I・N・フェルプス・ストークス 氏はニューヨークの建築家。夫人はエディス。二人は幼なじみで、夫人はのちにニューヨーク幼稚園協会の会長を務めます。この絵は友人からの二人の結婚の贈り物です。ストーク氏は当時のニューヨークの名士でありましたが、その名は今や美術史において名高い。素敵すぎる夫人のファッション。これは夫人の提案であり、夫のストーク氏はナイトのごとく後ろに控える自身の描かれ方に大層満足していたとのこと。

 

そして出さない訳にはいきますまい。

 

 水差しを持つ女 ヨハネス・フェルメール 1664-1665年頃

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メトロポリタン美術館のフェルメールは5枚。「眠る女」(1657年頃)、「リュートを調弦する女」(1664年頃)、「少女」(1666-1667年頃)、「信仰の寓意」(1671-1674年頃)、そしてこの「水差しを持つ女」。ニューヨークにはフリック・コレクションという美術館があり、ここには「中断された音楽の稽古」(1660-1661年頃)「士官と笑う娘」(1658-1660年頃)「婦人と召使」(1667年頃)。3枚。ニューヨークだけでフェルメール全作品30何点かのうち8枚。他にワシントンD.Cに3枚(ナショナル・ギャラリー)なので、2都市で全フェルメールの1/3制覇できてしまう。

17世紀はオランダの時代。黄金時代。空前の経済発展を遂げ、文化が花開く。新興の市民階級の需要が生まれ、風景画、風俗画、静物画の傑作が生まれる。フェルメールはレンブラントとともにオランダ絵画の筆頭。オランダ絵画の前はルネサンスのニューウェイブがあった。こちらはイタリア。派手。華やか。オランダは北の風土か国民性が、堅実で精緻で緻密でなかでもフェルメールのタッチはゴッホみたいに絵具が盛り上がって…なんでのが全然なく、また構図の捉え方が今のカメラのファインダー越しの構図に通じるのだそうで、神の目神の手を神様は与え、後世の我々のために遣わしたのでしょう。神様に愛されながらも、当の本人の生涯には不明な点が多く、生活は苦しく不遇の最期であった。ああ、神様って。神様って。ここから先は、言わぬが花。秘するが花。

 

 廉頗藺相如列伝 黄庭堅 1095年頃

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中国 北宋時代。憧れのメトロポリタン美術館に足を踏み入れ、ガイドブックでひととおり必見!のスポットを巡りました。しかし今回の訪問で予備知識なしでお宝の前に立ち、感動してしまったのがこの書。帰ってから資料を読み漁る。

巻物としては普通サイズ!?タテ35㎝あまり。…1行5文字しか書かれていない。そして筆遣いの自由奔放なこと。紙の上に字の形で現れ、何が描かれているのかわからないのに、ほとばしる激情の人となりが伝わってくる。

「史記」巻八十一中「廉頗藺相如列伝」、かの「刎頸の交わり」で有名。(廉頗は舌先三寸で自分に並ぶ地位に上った藺相如が気にくわない。それを知った藺相如は廉頗を避ける。あまりに情けない、との家来の言葉に「我々の真の敵は別にある。二頭の虎が戦えば、どちらかが死ぬ。秦の思うつぼだ。私が廉頗から逃げ回っているのは個人の感情より国の運命をおもんばかってのことだ」これを聞いた廉頗は自分の思慮の浅さを詫び、二人は仲直りした。)

黄庭堅は北宋の詩の、書の巨人であり、草書の創始者でもあります。草書って、素人考えでなよなよしてる~くらいしか知識がなかった。ところがこの書を目の当たりにしてしまい、スケールの大きさにビビり、そして書は人なり。表現の形は何であれ、秘めたる熱量は、必ず伝わる。

 

翠竹双禽図巻 徽宗帝 12世紀初頭

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メトロポリタン美術館の中国美術の目玉です。北宋第八代皇帝、徽宗帝は、特に花鳥画に優れ、文化人としては中国四千年の歴史中トップクラス。世が世なら雅やかなおっとりの帝で通ったのでしょうが、時代は水滸伝の舞台ともなった乱世も乱世。政治家としては民を惑わせた困った帝です。日本にも1枚、徽宗帝の絵があり(桃鳩図)、10年に一度、一週間しか一般公開されず、アートシーンはその都度大騒ぎ。

伊藤若冲のニワトリの絵を生でまじかに見ると「コレ、人が、手で描いたんだ~」と感動してしまいます。(あ、図版や画像でももちろん::)徽宗帝の小鳥も良いでしょう。びろうどのような羽根の感触、質感。上の枝にとまるもう一羽の鳥に向けてのさえずり。聞こえているのでしょう。もう一羽は振り向き、さえずりを返す。岩肌と芽吹いた若竹の翠のなよやかさ。今目の前に現れたかのよう。超絶写実。そして皇帝がこの絵画で伝えたいことは、鳥の姿でも竹の姿でもなく、その先の境地なのです。

 

 ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの聖母子 1290-1300年頃

f:id:hitomi-shock:20161217195304j:plain.ガイドさまに「メトロポリタン美術館が購入した最高額の絵をご覧に入れましょう」と連れて行ってもらった。話のタネにどうぞ。お値段は、2004年購入当時、推定4,500万ドル以上。1ドル100円なら45億円。95円でも105円でも40億円台です。27.9 x21 cm。小品です。

ブオニンセーニャはルネサンス以前のイタリアの巨匠で、荘厳な聖母子像がいくつもあり、メトロポリタン美術館には所蔵がなかった。欲しい気持ちはよくわかる。しかし今日では真贋を疑問視する意見もあり、大枚を投じた割には(しかし4,500万ドルなどたいした金額とは思っていないのかもしれない)例えば「メトロポリタン美術館のハイライト」的に、目にする機会はないような。私も初めて知りました。肝心の絵は、貸し出し中で、本物を見ることはできなかった。残念!

 

こちらもぜひどうぞ。

メトロポリタン美術館所蔵の日本美術コレクションです。

 

hitomi-shock.hatenablog.com

 

 

 

 

メトロポリタン美術館ガイド 日本語版

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  • 作者: エリクセン・トランスレーションズ・インク
  • 出版社/メーカー: メトロポリタン美術館
  • 発売日: 2013/03
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NYのデザイナーズホテルに泊まってみた。(おいしいお食事はお持帰り♪)

 hudson hotel

 ニューヨークのお宿はハドソンホテルニューヨークHudson Hotel New York。3泊しました。ガイドさんに選んでいただきまして、おすすめポイントは

  • ニューヨークのブティックホテル。客層もスタイリッシュ(モデルさん御用達だとも)
  • 立地がよくフロントが地上階でなく安全安心
  • 極端にお高くない
  • ボストンが民宿、ワシントンD.C.がビジネスホテルだったので、変化をつけて。
  • 世界のどこでも同じのチェーンホテルとは一味違う個性。

夕ご飯は外で買ってきたので、あわせてご紹介します。

 アクセス・概要 

358 West 58th Street, New York City, NY 10019

セントラルパークまで徒歩5分。地下鉄最寄り駅(コロンバスサークル)から3分。ニューヨークのミッドタウンの申し分のない立地。

 

このホテルは、世界的なデザイナー、フィリップ・スタルクが手掛けたことでも有名。はて、スタルクって?との方は

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 By 663highland (Own work) [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY 2.5], via Wikimedia Commons

(東京墨田 アサヒビールスーパードライホール)

そして

Juicy Salif juicer by Philippe Starck for Alessi

(アレッシィのジューサー)

 

この2つをご覧いただければ、なんとなくイメージつかんでいただけるのかと。

海外テレビドラマ「セックスアンドザシティー」や「ゴシップガール」などにも登場。時代の先端を行っているイメージ。

4つ星ホテル。なんでも必要なものはそろっています。

全館禁煙・バリアフリー。レストラン・バーラウンジ・フィットネスルーム・屋上テラス(冬季閉鎖)プライベートパーク(天候によっては閉鎖)

ルームサービス・Wi-fi無料・ランドリーサービス。

客室数866 。

日本語はまず通用しないと思った方が。

 

外観

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 残念ながら、宿泊当日はエントランスは工事中でした。しっかり「HUDSON」と書いてあるので、わかりやすい。

 もともとは

New York, April 2009

コンクリート打ちっぱなしの無機質なフェイス。蛍光イエローがアクセントとなり、マンハッタンの喧騒の中、ひときわ目立つ建物。

 そして中に入ってみると

New York, April 2009

いきなりここは宇宙旅行の入口なのだろうか、と錯覚してしまうかのようなエスカレーターが。

 フロントは打って変わって

Reception Hudson Hotel New York | 110925-2251-jikatu

 

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天井にはツタがからまり、豪華なシャンデリア、光柔らかなフロント。

New York City | NYC | June 2010

通路はやや暗く、寛ぎのスペース。 Hudson Hotel library

 ライブラリー・バー。

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プライベートパーク。

滞在中は天候に恵まれていたこともあり、待ち時間などはほぼここで過ごしました。

コーヒーとかオーダーしなくても席が空いていれば座っていても、特に注意はなし。マンハッタンの真ん中で青空の下、みなさんくつろいでいる。

チェックインの時に食事の案内とかも頂戴していたはずですが、悲しいかな英語はわからない。(「10パーセント」とかは聞き取れたので多分ホテル内の食事とかはルームキーを出せば割引になるのでしょう)部屋の中より断然気持ちいい!

 

室内

エレベーターまではおしゃれだったのです。

まず通路。

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壁も床も、コンクリート打ちっぱなしなんですが…。それにこのドア。倉庫みたいだなあ。ここは本当にニューヨーク有数のホテルなのかしら。との考えがちらり頭をかすめます。しかし私はアジアの東の果ての田舎者。田舎者の感性でニューヨークを判断してはいけない。

お部屋。

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ベッドまわりはさすがにコンクリートはない。壁は1面は鏡ばり、もう1面は薄型大型テレビ。

 水回り。

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バスタブ。

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ドア部分。

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出かける前に口コミサイトやホテルサイトは多少チェックしていて「部屋が狭い」との声が多かった。確かに狭い。でも、都心のホテルだって、このくらいの広さはざらだし、場所はニューヨークのマンハッタンの一等地、こんなものなんでしょうね。

そしてバスタブの仕切りがカーテン1枚でガラスばり、ついたて程度の薄さだったのは正直驚いた。

洗面台もスタルクのデザインによるもので、お椀型。

アメニティは充実。

一番びっくりしたのは、部屋の寒さ!エアコンの温度設定が華氏だったので、カチャカチャいじり、摂氏にしてみたら、18度!(注:滞在したのは9月下旬、ニューヨークは猛暑で道行く人は皆半袖、旅行客はタンクトップ&短パンがスタンダード)

外国の人は寒さを感じないのでしょうか。2日めも3日めも部屋に帰り着けば摂氏18度。震えあがってしまいました。

収納は、クローゼットのスペースはわりと広めだし、引き出しがいくつもあったので不自由しない。電気のスイッチがどこにあるのかわからず、ホテルには夜しかいなかったため、お部屋全体を明るくすることができなかったのもご愛敬。

 

お勘定

滞在したのはニューヨークのホテル代が1年で1番高い、世界国連総会が開かれる日前後。ニューヨークのホテル代は高い。日本の1.5倍が相場だと思え。だそうです。

おひとりさま1泊目352ドル。2泊目384ドル。3泊目368ドル。税金その他118.26ドル。〆て1,222.26ドル。もちろんハイシーズンだからこの値段なので、時期を選べば10,000円代で泊まれる時もある。(ちなみに日本人観光客の定番、ヒルトンはこの時期、70,000円台だそうです~)泊まったお部屋はスタンダードで、もう少し予算もプラスすれば一回り広いお一人様向けのお部屋もある。17,000円代~40,000円代ですね。

マンハッタンに泊まらせていただくのですから、妥当なお値段なのでしょう。ただ、宿泊客よりはその他のスペース(フロントとかレストランとかの公共スペース)に断然力入ってるなあ。が率直な感想。

 

食事

アクセスがいいので、どこにでも行ける。

ガイドさんに「ヒルトンの前の屋台のハラルフード(アラブ風料理)はおいしい!」と教えていただいたので、さっそく歩いていく。

THE HALAL GUY(アラブ風B級グルメ

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ヒルトンの看板をバックに、ひるがえるのぼり。NYは食費が高い。1,000~2,000円はザラ。コンビニはあるにはあるけど、日本のそれとはちょっと違ってお気軽お手軽(おにぎりとか菓子パンとか)は難しい…。屋台「ベンダー」と言いまして、全盛です。THE HALAL GUYはこのB級グルメのトップ。行列はニューヨーカーと観光客は半々。長い。しかし屋台ではに7~8人のアラブのお兄さんがキビキビと働いており、手際がいい。あっという間に行列は進み、無事Getできました。

 

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 Chicken Over Riceがウリ。鳥丼。味付けしたインディカ米の上に色どりにレタスやニンジン、アラブ風味付けの割いた鳥肉とピタパンを乗せます。ホワイトソースとレッドソースが別になっていて、お客は食べる時にこれをかける。私は辛いの大好きなので、ためらいなくレッドソースを残らず使いましたが、苦手な方は様子をみながらお使いください。おいしい!メニューにはチキン&ビーフもあったので、牛肉つきにしました。これで8ドル。安い~。そしてこのアルミ箔のお皿、直径30センチくらいある。日本人でお連れ様がいるなら、シェアしてちょうど、の量でした。

 

ホールフーズマーケット(オーガニックデリ)

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 ホテルのはす向かい、200~300mにタイムワーナービルがあり、地下は全米展開のオーガニック専門のスーパーマーケット。エコバッグが人気、とガイドブックにあったので欲しかったのですが、見つけられなかった。食事を調達に来たのですが、もちろん店内はひととおり見て回ります。

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パウダーとかも量り売りだし

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お花もあった。

夕食は、紙パックまたはプラスチックパックをとり、ホット・コールド・スープ・野菜とフルーツ、デザートコーナーは充実、パンもスコーンベーグル各種取り揃え、クッキーも花盛り。すべて量り売り。店内にはイートインコーナーもあり、ニューヨーカーたちは楽し気におしゃべりしながらお食事中。持ち帰ったのは

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 旅行中、生野菜とフルーツは貴重品なので、欲張って取った。スイーツも取らずにはいられないので、どれも1サジずつ。コーヒーつけて、お値段は20ドル台でした。お味はアメリカ風で、どれも濃厚。

ニューヨークの大人気の美味しいレストランに行ってきた。

Gramercy Tavern

 

はじめに

ニューヨークの人気レストランに行ってみたかったのです。希望は

  • ガヤガヤうるさくなくて落ち着ける雰囲気(手をラッパにしなければ話が聞こえないのでは困る)
  • アジア人の女が食べきれる量(東京本格フレンチに行き、量が多すぎ、デザートがどうしても入らず、心の中で悔し涙にかきくれた経験あり)
  • ニューヨークでしか食べられないもの(日本に支店があるのではわざわざ出てきた甲斐がない)
  • アジア人の口に合う(グローバルな至高の味かではなく日本人の私に美味しくなきゃイヤ)
  • 予算は、建前は糸目はつけない。しかし観光客の女相手にほどほどの量を出すお店ならそう法外なお値段はつかないのではないか…。

で、いくつかピックアップしていただいたお店。の中に、あったのです。憧れのお店。その名は

グラマシー・タバーンGRAMERCY TAVERN

www.gramercytavern.com

 

言わずと知れた有名レストラン。ニューヨークの数々の伝説レストランの仕掛け人、ダニー・メイヤーDanny Meyer氏が手掛け、1994年に開店し、不動の人気を誇るニュー・アメリカン料理(アメリカ人が洗練させたコース料理。フレンチやイタリアンや日本食の良さを取り入れながら新たなる極致を目指す)。ぜひぜひお願いいたします!!!と楽しみに楽しみにしていました。

 

待ちに待った当日。予約は6時。ニューヨークの9月、6時はまだ明るい。ガイドさんと2人の女子会です。ニューヨークでバリバリ活躍していらっしゃる女性とご一緒させていただくなんて、光栄です!

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 料理の写真撮っていいですか~と聞いてみると、かまわないんじゃないですか。ただ、人は撮らない方が。とのお話で、お店の中とかの写真は自粛。でも、お料理はしっかり撮影してまいりました。

 

メニュー

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メニューは

左半分がFIRST COURSES、SECOND  COURSES、DESSRTS。FIRST とSECONDはお料理、DESSRTSはスイーツのみのコース。各98ドル。右はSEASONAL125ドル、VEGETABLEは110ドル。この2つのコースはお料理1品ことにレストランがセレクトしたワインが追加できて、プラス85ドル。

そして、ここはノーチップ制。ギャルソンさん(アメリカ料理にギャルソンさんって言っていいのか確証ありませんが~)に気兼ねしいしい、チップを渡す手間が省けてしまう。正規の料金にサービス料が含まれているという、日本式ですね♪

 

せっかくですもの。季節のコースでまいりましょう!

季節のコース

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英語表記(ワイン付き)

ワインは頼まなかったのですが、参考までに入れます。 

SEASONAL TASTING MENU

Marinated Scallops
Cannellini Beans,Grapes and Kohlrabi
Scheurebe Spatlese,Kruger Rumpf,2015,Nahe,Germany

Halibut
Tomatoes,Kombu and Opal Basil
Ciliegiolo Rosé,Bisson,2015,Liguria,Italy

Warm Lobster Salad
Sweet Peppers,Black Rice and Ciantro
Riesling Kabinett,A.J.Adam,Dhroner Hofberg,2014,Mosel Valley,Germany

Lumache
Shell Beans,Parmesan and Mushrooms
Pinor Noir,J.K.Carriere,Vespidae,2013,Willamette Valley,Oregon

Duck Breast&Sausage
Caraflex Cabbage,Pumpkin Seeds and Blueberries
Barbareaco,Produvttori del Barbaresco,2012,Piedmont,Italy

Peach Rice Pudding
Saffron,Huckleberries and Wild Mint
Brachetto/Moscato Rosé,Perrone,Bigarò,2015,Piedmont,Italy

TASTING MENU 125.
WINE PAIRING 85. 

 

トマトスープ エスパーチョ(ノロドリンク)

メニューにはなかったけど…。

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ゴートチーズとビスケット

(これもメニューにはない)

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ホタテのマリネ

カネリーニ豆、ブドウ、コールラビ
*Wine:ショイレーベ シュペトレーゼ 2015 クルーガー・ルンプ醸造所(ドイツ ナーエ)

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 カネリーニ豆はイタリアの白い大粒のインゲンマメコールラビは白い部分ですね。地中海原産で、チンゲンサイの白い部分みたいなかんじで、茎の太いところをいただくのです。

オヒョウ

トマト、コンブ、オパールバジル
*Wine:チリエジョーロ ロゼ 2015 ビッソン社(イタリア リグーリア州)

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 コンブって…昆布ですよね。昆布でだしを取っているのだろう、と女子二人は意見が一致した。メイヤー氏は和食の素材を積極的に料理に取り入れているのだとか。昆布だしのホワイトソース?チーズソース?オパールバジルは文字通り紫色のバジル。世界の素材がこの一皿に。

 

暖かいロブスターサラダ

スイートペッパーズ、ブラックライス、コリアンダー

*Wine:リースリング・カビネット2015 アダム・ウント・ハート(ドイツ モーゼル・ヴァレー)

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 スイートペッパーは甘トウガラシ。パプリカ&ピーマンの種類のひとつ。味は癖がない。ブラックライスは黒い部分です。薄いおせんべい状に焼き上げている。

 

ルマーケ(かたつむりような形のパスタ)

シェルビーンズ、パルメザン、キノコ

*Wine:ピノ・ノワール ヴェスプダエ 2013 ジェイ・ケイ・キャリアー(アメリカ オレゴン ウィラメット・ヴァレー)

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 チーズ味の濃厚なパスタ。パスタの形がかたつむりなので、ソースがよくなじむ。

 

鴨のロースト&ソーセージ

カラフレックスキャベツ、カボチャの種、ブルーベリー

*Wine:バルバレスコ 2012プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ(イタリア ピエモンテ)

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 カラフレックスキャベツはとんがりキャベツのこと。こんなに小さい葉っぱなのに、まだまだ大きくなるのに、食べてしまうんですね~。

ピーチライスプディング

サフランハックルベリー、ワイルドミント

*Wine:ブラケット/モスカート ロゼ ・ビオ・ペローネ・ビガロ ワイルドミント

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食事が終わるとちょっと休憩!?

パン

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デザート

チョコレートケーキとチーズ盛り合わせから好きな方を。もちろん、1つずつお願いしてシェアします。

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チョコレート

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コーヒー

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お土産

写真撮り忘れてしまいました。すみません…。明日の朝食にと、グラノーラのバーを頂戴しました。

 

感想

  • ニューヨーカーにも大人気のレストラン。量が一番心配だったのですが。どの料理も、少ない!大皿の真ん中に少し。デザートまで余裕で食べられた。
  • お味ですが、さすが、でした。ご覧のとおり、どのお料理もソースのベースが違う。一皿ごとにするっとのどをとおり、違和感も珍しい感もなしに素材と味付けの違いを楽しみました。お土産にもらったグラノーラ・バーも、いつもは終わりの方、もてあますのですが一気に完食してしまいました。万人に受け入れられ、かつ真似できない。これこそが一流の証なんでしょうね。
  • 写真は腕が足りず、黄色っぽくなってしまっています。「タバーン」は居酒屋。もともとは道の駅みたいなもので、植民地時代、人々がお酒を飲みながら集ったり、旅する人の物資補給や、馬を休ませたり泊まったり。グラマシー・タバーンは名の通り、照明を落とし、ノスタルジックで王道を行くインテリア。客層もさりげなく決めた大人ばかりで、そしてテーブルとテーブルの間は、案外狭い。もちろん満席で、語り合う人たちのさざめきと熱気があふれます。ギャルソンもナイスなアメリカンガイで、笑顔とサービスは申し分なし。
  • お勘定は2人で310ドル。…安いと思います。

 

最後は、見つからないように撮った、

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写真です。

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