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ボストンから少し離れた町の文豪のお墓とか独立戦争の必見スポットとか。

ボストン

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アメリカマサチューセッツ州ボストンの町中から車で1時間たらず。コンコードとレシシントンに連れてっていただきました。このあたりはボストンのベッドタウンであり(鉄道も通っています)人々とともにある自然がたおやかにもまぶしく美しく輝く場所。さらにアメリカ独立戦争の史跡やアメリカ文学の巨匠ゆかりの地でもあります。楽しかった!

 

 

コンコード

ヘンリー・デイヴィッド・ソローの家

 

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ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-1862)とは?

アメリカ文学の古典、「ウォールデン 森の生活」を書いた作家。

コンコードに生まれ、コンコードに葬られたマサチューセッツが産んだ大作家。

湖のほとりに自分で小屋を建て、自給自足の生活を送り、自然とともに生きるライフスタイルと思索はのちのちの環境を重んじる考え方のもととなり、納税を拒否して投獄されたこともあり、これまた後世の人権運動にも影響を与えたと言われています。私もそこそこ田舎に住んでいるのですが、頭の良い人は日々の暮らしの中から偉大な思想を作り伝えるのです。左側の自分の手を見ているのがソローの銅像。

 

 

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小屋(レプリカ)の中は

 

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ソローの極限までにシンプルなライフスタイルをしのばせる部屋の様子が再現されています。

 

そしてソローがそぞろ歩いた

 

ウォールデン池(ウォールデン湖とも)

 

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シンプル~。もちろん初秋の山の空気は澄んでおいしいし、すがすがしさはこのうえないものの、…日本なら「ソロー記念館」が巨大駐車場とともに湖畔に立ち、お土産物屋さんあたりが並んでいるところですよ…。湖畔にはいこいを求める人々がちらほら。混みすぎていないのが、いいですね~。

 

秋の紅葉は

 

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 こんなかんじに色づくのだそうです。キレイ~。湖面も鏡のごとし。

 

  

スリーピーホロウ墓地

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アメリカ大陸を踏んだのも初めてならアメリカの墓地に来るのも初めてです。日本だと墓地はお寺管理が普通。「アメリカは教会がお墓を管理するんですか?」と聞いてみると、「町営みたいですよ」とのお答え。

 

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墓地のあちこちには、お花がない代わりに、アメリカ国旗が立っています。戦争(独立戦争、南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦)で亡くなった人のお墓には、アメリカ国旗を掲揚するのだとか。

 

墓石は、いったいに日本よりは質素。薄い石板1枚くらいのものもあるし、地面にプレート状に埋め込んだだけ。のお墓もあります。もっともこの墓地は19世紀半ばに作られており墓石も古いものが圧倒的に多い。

 

そしてこの墓地にはアメリカを代表する著名人が数多く眠っています。

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「若草物語」の作者ルイザ・メイ・オルコットのお墓。ルイザをしのび、文章上達を願い、訪れる人はペンを供えるのです。

 

手前が「緋文字」のナサニエル・ホーソーンのお墓。ほかに思想家のラルフ・ワルド・エマーソン、

 

そして先ほど見学してきた

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ヘンリー・デイヴィッド・ソローのお墓など。

 

ここも人影はほとんどなく、オルコットの墓の前で出くわしたご夫婦+1人のご一行は「メイン州から来たのよ…」と話しかけてくださいました。

 

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ルイザは南北戦争の時、従軍看護師として北軍に参加し、そこで腸チフスにかかり、飲んだ薬で体調を崩し、後遺症で58才の若さで亡くなったのです。なので、墓前にはアメリカ国旗。

 

ソローは44才で亡くなっています。昔の人は、短命だ…。

 

オールドノース橋

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レキシントン・コンコードの戦いの跡。古戦場。この橋を境にしてイギリス軍とアメリカ独立兵がにらみ合い、戦火の火ぶたが切って落とされた、アメリカ史を語るには絶対欠かせないスポット。

…にしては。のどかすぎる。さわやかすぎる。

ハイキングやカヌー、野外学習に来たとおぼしき人ばかり…。それもかなりまばら…。

 

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古き日々に思いをはせるにはもってこいですよね。

イギリス軍服着てる人はいた。ぽつんとお一人で…。

 

 

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歴史に名を残す場所でのカヌーだなんて、なんて贅沢な…。

 

橋を渡りきると

独立兵、ミニットマンの銅像があります。

すわ戦争、となれば寸暇を惜しんで駆けつける。

 

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前から見る姿は戦士だけど

 

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後ろから銅像を仰げば、農具が。

 


※アメリカ建国の英雄ポール・リビアについて

ポール・リビアはアメリカ独立戦争の英雄。アメリカ人なら誰でも知ってる国民的詩人、ロングフェローの詩、「真夜中の疾走Midnight Ride」にうたわれたもともとはボストンの銀細工職人。

1775年、イギリスとアメリカの関係は悪化し、一触即発…。植民地軍がコンコードにひそかに武器を蓄えていたことを嗅ぎ付けたボストン郊外のイギリス軍。陸から攻めてくるならランタン1つ。チャールズ川を渡ってくるならランタン2つ。戦い前夜、イギリス軍は船を集結させる。ランタン2つを目に刻み付け、リビアはボストンから馬を飛ばしたのです。このとき、41才。以上、ガイドさんが橋を案内してくださりながら、聞かせてくださったお話。

リビアはボストンーフィラデルフィア間(距離400km以上;;)を伝令として走りまくり、遠くイギリスまでその名をとどろかせた熱血派、肉体派。アメリカ独立後も順調に事業を拡大し、ボストンでその生涯を閉じました。存命中はその存在はさほどではなかった。しかし「真夜中の疾走」により、死後にアメリカ建国の英雄として名声は一挙に不動のものに。

 

 

ちょっと休憩 コンコードのインテリアショップ 

 地元の人のためのインテリアショップに立ち寄ります。

 

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アメリカの普通のお宅はこんなインテリアなのかな…。ほっとなごむ、柔らかなカントリー調です。そして、お宅もきっと、大きいのでしょう。車窓から見たどのお宅も、庭は広いし芝生のお手入れ行き届き、家そのものも大きいし。地下室あるのが普通なんだとか。

 

コンコード コロニアル イン

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「コロニアル」とは「植民地」のこと。

看板通り、1716年創業の

 

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歴史的なホテルなのです。(京都の「俵屋」みたいなものでしょうか)

 

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古い建物なので天井は低く、室内暗め。そして造りが重厚で風格たっぷり。テラスでお食事もできるのですね。今も現役のホテルで、部屋数56。ホテル内レストランのチキンポットパイ(シチューとかクラムチャウダーみたいなホワイトクリームベースのスープを盛り、パイ生地をかぶせ焼き上げる)が名物。時間がかかり、お値段高めとのことで今回は頼めませんでしたが…。

 

コンコードの目抜き通り(コンコードダウンタウン)

コンコードの目抜き通りは、街並み景観保存地区!?と見ました。

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お店は普通にレストランだったりブティックだったり本屋さんだったり靴屋さんだったりキッチン用品のお店だったりギャラリーだったり。(キッチン用品のお店を表から覗き込んだらフライパンが鈴なりに天井からぶら下がっていた…)観光客も地元の人も普通に入ってお買い物できる。西部劇とかで古いアメリカの街並みはたまさか見かけますが、実物のコンコードの目抜き通りはカラフルでかわいらしく、見ていて楽しい。コンコードのお店って、みんなこんなかんじなんですか?スーパーマーケットとか、ホームセンターみたいなトコ、ないんですか?と聞くと、もちろんその手の場所は他にあるのだとか。ノスタルジック~。人影は程よくまばら。

 

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 横道に入り込めばごらんのとおり、アメリカ国旗が掲揚され、ベンチなどもあり。真ん中やや上、ラジカセみたいな銀色のものが見えます。コレ、シャボン玉製造機。アイスクリームとか買って日陰のベンチに座り、シャボン玉シャワーなど浴びながら、至福のひと時を過ごせそうです。

 

 オーチャードハウス

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 「若草物語」の作者、ルイザ・メイ・オルコットが26才から45才まで暮らした家。「若草物語」の執筆も、この家。「オーチャード」とは果樹園の意味。オルコット家がここに居を定めた当時、15,000坪の果樹園に囲まれ、1年に36樽ものりんごがとれたのだとか。コンコードの超有名スポット。ここはさすがに訪れる人はひっきりなし…。

 

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 ルイザがベストセラーを出すまではオルコット家は貧しかった(お父さんは理想主義に燃えた幼児教育家だったが、時代を先取りしすぎ、名士ではあったが生活は苦しかった)とは聞かされていたものの、日本人の感覚から言わせますと、家はやはり、大きい。

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若草物語の4姉妹は、オルコット家の4姉妹がモデル。

長女アンナ(メグ)は演劇が好きで、劇団に入り、知り合った劇団員と結婚し、2子をもうけるものの夫は死に、オルコット家に戻ってきます。

次女ルイザ(ジョー)は筆で身を立て、生涯独身でした。南北戦争時は従軍看護師として戦場に赴く行動派であり、女性の権利を主張するフェミニストでもありました。

三女エリザベス(ベス)は猩紅熱のため、22才で亡くなっています。

四女メイ(エイミー)は姉ルイザの作家としての成功によりパリに留学し、ロンドンの実業家と結婚し、1子をもうけるものの、産後の肥立ちが思わしくなく、「(生まれた子供は)ルイザに育ててほしい」と言い残し、39才の若さで亡くなります。

 

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 中に入ると、若草物語関連グッズのお店。

 

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 「Hope and keep busy」はルイザのお母さんの座右の銘。

日々に希望を持ち、自分のすべきことをきちんとこなして忙しく。

 

グッズは若草物語の本(英語でもオリジナル版、英語初心者用の簡単英語版がある)、各国語版(「若草物語」は40か国語に訳されているのだとか)、各種ノベルティグッズ。前にお見せしたウォールデンポンドの紅葉の写真も、このショップで撮りました。

 

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ピアスやペンダントもある。掲示板には、各種チラシが貼ってある。それよりも、見ていただきたいのは、この家の内部。材木がむき出しです。 

 

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唯一、

 

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ルイザが住んでいた当時の家の一部が、ガラス張りで残されています。光ってしまい、わかりにくくてすみません。

…材木、薄い。…こう言ってはいけないのでしょうが、チャチい。。。けなしているのではなく、冬は極寒、風が吹きすさび、雪も30cmくらい積もることもある、とのマサチューセッツ。この薄い材木で作られた家で、一家が、家族が、暮らしていたのですね。寒かっただろうなあ…。吹雪の夜など、心細かっただろうなあ…。 

 

 

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オーチャードハウスの隣、10mほど。ルイザの父の哲学学校。志は伝えられ、今も各種会合などで使われています。

 

※私は参加できませんでしたが、ルイザが「若草物語」を執筆した部屋を含むオーチャードハウス内のツアーがあります。先着順、事前予約不可。台所、食堂、居間、書斎、ルイザの部屋、メイの部屋、両親の部屋、子供部屋、メイのアトリエ。

 

売店で買ったのは

 

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 日本語のガイドブックがあった。6ドル台。

行く場所行く場所、日本語の案内があるのは、本当にありがたい。全然関係ないのですが、これも日本の国力のおかげです。明治維新以来の日本人の諸先祖さまがたにはしみじみつくづく、頭が下がります。おかげ様で、今こうして、おんなおひとり様で日本から10,000km離れた憧れの場所に旅立ち、立つことができているのは、まぎれもなく、日本の国に生まれたから。

 

先ほどのコンコードの町中に戻り、お昼ご飯。

 

ランチ

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あっさりでいいか…と地元の人が普段に通うお店に連れて行ってもらった。ボロネーゼ、ギリシャ風サラダ(オリーブ油・オリーブの身、塩コショウ)、ミートボール。

 

ガイドさまには、今回の旅行にあたり、言葉に尽くせぬほどお世話になり、ここは出さなければ、と焦ってカードを出した。2人分でお勘定は25~26ドルくらい。ささやかすぎて恐縮です。安いんですが…多いですよね。しかし旅行中、生野菜には出会えそうで出会えないもの。気を取り直し、完食。(中ぶりのボウルくらいの大きさ)。パスタは無理でした。ミートボールはガイドさんと分けっこ。普通においしかったです。食べきれない分は、ガイドさんが店の人に頼んでくださり、パック(ドギーバック(犬のエサ)と呼ばれている)詰めにしてお持ち帰り。

ガイドさんに教えていただき、メニューを見直すと、「3人前」「4人前」らしき文字が。初めからテイクアウトにして家に持ち帰ることもできる。アメリカの地元の人の通うレストランでは、これが普通なのだとか。

 

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お店の窓から見えたコンコードの目抜き通り。

 

レキシントン

 

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コンコードの隣町。ここも前にレキシントンーコンコードの戦いに名前があがったとおり、由緒正しい植民地時代からの歴史を持つ町。

そしてケンブリッジ大学の人でこちら、レキシントンに住んでいる人がとても多くて、「ノーベル賞受賞者がお隣さん」なんてこともあるらしい。つまり超高級住宅街で、道ゆく人は、観光客以外は皆セレブ。もっとも、普通にTシャツ短パンで歩いている人も多く(土曜日でした)SPに囲まれていたりとか、いかめしくあたりを払う一見みただけで怖くて近寄れない…は全然なく、皆さまリラックスして自宅近くで過ごす休日を楽しんでいらっしゃるご様子でした。

 

ここにも農民兵、ミニッツマンの銅像が立っています。

 

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バックマン・タバーン

ミニッツマンの像のすぐ前にあります。

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 「タバーン」とは「居酒屋」の意味。アメリカの史跡には「イン」だの「タバーン」だのと人々が集まるところが多い。(今でいう「道の駅」みたいなもの?) 

 

中でもこのバックマン・タバーンは別格で、独立戦争当時、独立軍の本部が置かれた。今の建物は復元されたもので、中は資料館になっています。

 

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 バックマン・タバーンの隣の広場では青空市が開かれていました。雑貨や、自分で作った小物を売っている人が多く、多分世界の頭脳のシニア世代のご夫婦が仲睦まじくカジュアルな服装で楽し気にそぞろ歩いていたりして。いいなあ、こういうのって。

 

ウィルソンファーム

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ウィルソン・ファームは郊外型の巨大スーパーマーケット、がわかりやすいでしょうか。名前のとおり、広大な自前の農場を持っており、丹精こめて作った農作物や加工物を自前のお店で売るのです。駐車場も広大。近郊にお住まいの方々が、ここで一週間の食料を買いだめるのです。

 

季節柄、お店はハロウィン一色。

 

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野菜売り場に移動すれば

 

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この色とりどりのピーマン、大きさ、15cmくらいある。

 

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自社農場の野菜を使って作る料理のレシピなどもありました。モノクロ、字だけなんですね。(近所のスーパーからいつも日本版を持って帰って作っている人)

 

おかずとかスープとかも、容積、軽く1Lくらいのスープが5~6ドル、なんて調子で売っていて、買って帰って温めてよそえばそのまま今晩のメインディッシュになりそうなものも多い。もちろん肉類も充実。

 

売り場を移動し、ハロウィンの飾りや

 

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 色とりどりのリース。

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ガーデニングコーナーに足を伸ばせば

 

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再び巨大なカボチャたち。 

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トウモロコシ もあった。

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 熟するとこんな感じに色づくのですね。(いつもは黄色いのを食べるだけ)

 

 で、お土産に買ったのは

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マサチューセッツ名物クランベリージャム。クランベリーは、コケモモですね。暗赤色で、生のままではすっぱすぎるので、ジャムにしたりソースにしたり。ポリフェノール豊富で抗酸化作用がある、泌尿器科系のお悩みの民間薬、ビタミンC補給できるなどなど、内側からの女子力アップにお役立ち。ジャム、重いんだよな…。でも買っちゃお!1瓶3ドルちょっと。勇気をふるってお会計をすませた私に、ガイドさんから「ココだと3ドルだけど、町場の土産物屋なら8ドル取る!」と励まし!?のエールが。

 

 

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「ネイティブアメリカン3シスターズガーデン」。6ドルちょっと。アメリカに自生している花の種の詰め合わせセット。母がガーデニグ好きなので。ボストンは旭川とほぼ同じ緯度だとのこと。湿気は多いし、土の違うはるか東のお庭の片隅に、花は、咲くのかしら…。

 

 

まとめ

私にとって海外旅行はほそぼそ貯金し、頭を下げて有給休暇をとり、ガイドブックを買い込み検索に検索を重ね、1分1秒無駄にできない!…となると行きつく先はどうしてもテレビや雑誌で見た大きな町や、世界に2つとない絶景とか世界遺産になってしまう。しかしこの日のミニトリップは違いました。地域に生きる人たちが大都会とはまるで違うペースをで身近に感じられます。そして行くところ行くところ、人々が大事に守り伝えていることがありありと肌で感じられるスポットばかり。ゆったり流れる時間とおいしい初秋の空気。ツアーをご提案くださいましたボストン観光の瀧波雅彦さまに心より感謝申し上げます。

 

www.bostonkanko.com


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